――――ガルシュ共和国

 電車を降りて、停泊港に向かう。日が傾き、足元が闇に呑まれ始める。二人とも口数は少なく、海沿いの道を黙々と歩いて行く。街灯がぽつぽつと灯り始めている。ミカーは、「仕組まれた独立国」ガルシュ共和国に亡命するそうだ。そこに行って何をするつもりかはクロードにも分からないが、ガルシュは連邦を除けば最大の科学国だと聞いている。進化調整のない国で妨げられることなく研究を行うのだろう。それが連邦の不利益になるかどうかは、考えるべきことではないだろう。
 入り口で、港の管理を任せれている老人にコードを伝え、船のロックを解除してもらう。一応、クロードにも最低限度の船舶操縦の知識はある。自動制御システムを搭載した船艇であれば人間が担当すべきことは通信の制御が殆どで、クロードが通信士であったことはむしろ好都合といえる。何やらミカーが船内で行っていた準備が終わった頃合いを見計らい、クロードは船を出した。目的の方角、夕日とは逆の方向。唐突に始まった旅は、これまた唐突に終わりを迎えようとしている。

無塵の航路



不可能の先へと飛び立つ実験をしよう

バースに隠れるように停泊する一つの船影
悪くない自動制御の高速艇
調整良好 チカチカと信号灯 再び海原へと

背負うものが大きいほど世界は暗く澱んでく
いっそゲームのように全て捨ててしまえたら
……なんて言う気は無いけど

勝てば官軍 負けりゃ賊軍 更に落ちれば衆愚の一群
真に薄弱なる壁の中 欣喜雀躍 錯落たる夢の跡を!

不可能の先へと飛び立つ実験をしよう
未来を作るということは今を破壊するってことだろ?
寝らぬ警告笛 止められない波濤の音に
傀儡仕掛けの神の手など
塵一つ残しはしないと斜陽を駆け抜けた

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか」
「……この鞄の中身、か。いいだろう、目的地に着いたらな」

目前に迫る影
その暗き光に何を想う

世界は無為なものだと空虚なるフレームだと
信じこもうとすればするほどに
宇宙の美しさを噛みしめる
「この旅もそろそろ終わりだ」

刹那凍結された手元のコントロールと
舷側に突き刺さった数えきれない鉤の群
見上げた濃紺に染まりつつある空から
一機のレントが見下ろしていた


「大人しく投降せよ。盗んだものを手渡しなさい」
「機材ならばとうに海へと投げ捨てた」
「記録の全てが詰まったマイクロチップはどうだ」
「……これは私のものだ。貴様らに手渡す未来はない」

形あるものはいずれ奪われるあの日のように
見つけ出したこの答えは誰にも奪わせやしない
残すべき一歩がある100億分の1以下でも
境界を超える翼を方舟アークに乗せ残そう

鞄を投げ捨てた右手に光る装置
刹那激しく揺れる視界 耳を劈く爆音
赤き腕が夜空を照らし
そこに彼はもういなかった


繋がる世界を望むモノポール
列なる市街に臨むそのゴール
海を超え残された僅かな国
多数派の声 惑星さえ飲み干して
波の衝撃 闇の空隙
悲劇と喜劇 常に重ね合わせ
抑こんな筈じゃなかったんだ
殆うんざりだ もう何もかも

揺籠の外へと飛び立つ実験をしよう
早く現在を過去のものにしてしまわなければ 嗚呼
舗装された道は歩きやすい分滑りやすく
だから驕らず一歩一歩を
踏みしめて歩いて行くよう斜陽に呼びかけた

何もかも裏切った黄昏を抜け出して
向かう先は薄明の煌めく波濤の果て
そこが望んだ場所なのかまだ分からないけれど
物語をここで終わらすわけにはいかないんだ


沈みゆく船の中から救出された
何も知らされなかった俺は
ただ哀れなピエロとして?

俺が作り出した新世界の種
彼が盗み出した新世界の種
隙間風はどこへ行くのか
今は彼と共にどこかに

舗装された道は滑りやすいとしても
それでも泥道よりもマシだというのならば

揺籠の内側で足掻く挑戦をしよう
未来は望んだ者の手に手渡されるべきじゃないか
凪の如き黄昏を超え飛べるその翼が
果てない道の連なりへと
何かを残して逝くまで斜陽を背に受けて

「叔父さん、あなたがしようとしたことが、少しわかった気がするよ」

薄明に伸ばした手が届くのならば
脆い鎖を時の水底へと
静かな水平に波を起こして
歴史はここから動き始めた

……なんて冗談にもならないか

久々に両親の墓参りにでも行こうかな



作詞・作曲・編曲:イトマ
声:ミカー…紺葉
 クロード…イトマ
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2017/8/19
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