――――ユーレスティア(ユール)州南東部 モーヴス

 部屋の片づけを終えたクロードは、荷物を雑に背負って船を降りる。マリーナの待ち合わせ場所に足を運ぶと、雨に濡れたベンチに見慣れたミカーの眠そうな顔がある。
「やあやあ。素敵な感じだね」
 何が素敵な感じなのだろう。水を吸ったズボンだろうか。クロードは、はい、とだけ言ってみた。
「やけに呑気ですね。亡命しようとしてるんじゃありませんでしたっけ」
「ああ、そうだね。だからそろそろここを発たなければならない」
「……はあ」
「とはいえ悪いことをしているわけじゃない。わざわざそそくさと振る舞わなくたっていい。ゆっくり行こうじゃないか」
 クロードはため息をつく。
「それで、次はどうするんですか」
 ミカーはもっそりと身体を起こして、丘の方を指さす。
「駅がある。そこで別の港に移動する」
「また船旅ですか」
「ま、そういうことになるかな」
 嫌そうな顔をしてはみたものの、クロードは船旅が好きだ。どこまでも続いていく水面に揺られている感覚が、自分のあるべき姿のような気がして、とても落ち着く。
「折角船から下りられたと思ったのになあ。いいでしょう、付き合います」
「よし!」
 駅に向かって歩き始めると両脇の街並みが見慣れない種のものへと変わり、午後特有の優しい空気の匂いと相まって気分を高揚させる。太陽を瞬かせる雲の流れが、丘の向こうへと続いていく。

トーヒコー紀コー



久々に降り立った地面
ぐらつかない堅い足元
気持ちの良い秋の陽気
駅への上り坂

ツレがピクニック気分みたいな
顔してるのが少しばかり
心配になってきたが順調そうかな

二度は訪れられない
景色を背の方に飛ばして
二度と巻き戻せない
歯車選んだのだから

街並みは日常を刻んでゆくのに
同じ場所で俺たちは
何処を目指し往くのだろう
雑音が隠した雨の日の気まぐれも
汚れた文字の跡も全部ここにある

目的地は郊外にある個人向けの停泊港
叔父が用意した船があると聞き驚いた
「君なら操縦も得意だろう」とか言われたけど
専門外なんすけどー!

「やっと駅だな。ここで追手がかかってるかも、って言ったらどうする?」
「なんですって?」
「連中だってみすみす亡命させてはくれんさ」
「えっと、それはつまり、」
「その、なんだ。いざって時は走って」

思ったより広い駅の天井の下
人と看板 情報の雨あられ
2番線はどっちだろう……
行き止まりに突き当たっては逆戻り

あの高慢クソ親父のことだから
どうせしょべえバンカー船ってとこだろうな
ひどい言いぶりに
友人じゃなかったのかよ……とかいろいろ思った刹那
転びかけた彼の腕を支えるために掴んだ
その大きさの割にとても軽い鞄を
彼の鞄を


迷路のような構内を彷徨って
気付けばここは見覚えのある景色

「けほん、説明しよう!この時気付いたのだが、
実は困ったことに二人とも結構な方向音痴だったのだ!」

さっき行ったのがあっちの方だから
あそこを上がるのがきっと正解だろう

「静かに!」
「何ですか」
「あの連中、さっきもいたがどうも怪しい」
「あの、スーツを着た?」
「ああ。恐らくは追手だ。こちらが無駄に行き来してるから警戒してるのか?」
「はは、それはまた気の毒な」
「目が合ったな、嫌な予感がする。急ぐぞ」

早足に階段を上る 追手の迫る気配がする
ホームに止まってる8両編成
脱兎のごとき勢いで
閉まりかけのドアに飛び込む

追手を振り切って
再び予定調和の旅
……本当にそうなのかは
誰にも分からないけれど

単調なリズムを奏でながら揺れる
乾いたシルエットの一部になり消えていく
これが俺たちの物語だとするなら
どうか打ち止めまでは
崩壊を抱いた大海の果てを迷っていさせて
トーヒコー紀コー


作詞・作曲・編曲:イトマ
声:ミカー…紺葉
 クロード…イトマ
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2017/4/29
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